2013
02.10

すべりこみ気味ですが

Category: 小説
綾ちゃん誕生日おめでとう!



「ただいま。」
 玄関の扉を閉めて思わず綾瀬は身震いした。暦の頃は如月、薄暗い曇天の隙間から白い物が落ちてきてもおかしくない気候だ。
 シン、と静まり返った家に一度声が反響して、また静寂に包まれる。…分かっている、この家には自分一人しかいない。誰も、出迎えてくれる人間などいない。

 両親は取材旅行という名の夫婦水入らず旅行で長く家を空けている。本来なら義務教育中である中学生を残して家を立つなど考えられないことだが、どうしても客先に言われてだのと口では言いながら、ものすごく楽しそうに旅立っていった両親の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

 どうせ、誕生日なんてこんなものだ。

 軽い痛みに頭を押さえ、また風邪じゃないといいけどと小さくつぶやきながら階上の自室へと歩を進めた。

 それから、数年。
「だからこんなごちそうとか食べきれないって言ってるだろ!?」
 決して大きくはないテーブルに所狭しと並ぶ料理を前にして綾瀬が思いっきり顔をしかめた。
「確かにそう伺ってはおりますが、やはり綾瀬さん育ち盛りですし、せっかくの誕生日なのですからやはりごちそうを用意しませんと。ちゃんと食後のケーキもあります♪」
 濃紫色の長い髪が宙を舞う。
「あぁもう!絶対後で残るって分かってんのにケーキまで…って、これ粉砂糖まぶしたのか?」
 ふと目の前の少女が手にしたケーキに綾瀬の目が留まった。半球形のスポンジ全体に白い粉のようなものが振られている。それはまるで、
「はい、今日は外雪でしたでしょう?ですので、雪山をイメージして作ってみました。たくさん召し上がってくださいねv」
「だーかーらー…もう、自分で作ったんだからあやめもちゃんと食えよ?」
 やれやれ、と言いながらも軽く口の端が緩むのは抑えきれなかった。誕生日に祝ってくれる誰かがいるということ。それは、少年にとって幸せの光景だった。
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